動物の心臓病には、人間と同じように生まれながれにして持つ先天性奇形と、高齢になるにつれて発症する 後天性奇形に大きく分かれます。どちらにしても適切な検査、治療が必要になります。
大動脈と肺動脈の間には、もともと胎児の時に必要な動脈管という血管が走っています。生まれるとすぐになくなっていくのですが、まれに動脈管が残ってしまう場合があります。動脈管が開存していると、肺への血流が増えて心臓に負荷がかかり心不全へと進行します。このPDAは、カテーテルや外科的な治療によって根治が可能です。
ASDは左右の心房、VSDは左右の心室の間に発生の段階で穴が残ってしまう病気です。穴が小さい場合は治療をせずに定期健診することも可能ですが、、心不全を引き起こす可能性がある場合は、できるだけ早く穴を塞ぐ外科的な治療法が必要になります。
肺に血液を送る肺動脈弁(または付近)が狭窄して血液が流れにくくなる病気です。狭窄が重度でない場合は無治療で行く場合もありますし、心拍数を低下させる薬で治療していきます。狭窄が重度で右心系に重度に負担がかかる場合はバルーン拡張術と呼ばれる低侵襲のカテーテル治療、カテーテル治療の反応が悪い場合は、開胸手術をして治療します。この病気の怖いところは症状が出にくいところになりますので、適切な検査をして、治療をうけてください。
MR(僧帽弁閉鎖不全症)は、ワンちゃんで最も多く見られる心臓病です。左心房と左心室と呼ばれる部屋の間には、僧帽弁という弁があります。通常は、左心房から左心室に血液が流れ、大動脈を介して全身に酸素化された血液が運ばれます。僧帽弁が閉鎖不全になる理由としては、僧帽弁を支えている腱索が断裂すること、僧帽弁そのものが変性して形が悪くなること、僧帽弁の弁輪が拡張して弁がうまく合わなくなることなどが挙げられます。
僧帽弁の閉鎖がうまくいかないと、血液が左心室から左心房に「逆流」してしまいます。これにより、左心房が徐々に大きくなり、最終的には肺水腫を引き起こすことがあります。このため、入院が必要となる場合や、最悪の場合、命を落とす危険性のある病気です。
MRは、ステージA、B1、B2、C、Dと重症度が定められており、病気が進行するにつれて症状が強くなります。
- ステージAは、病気はまだ発症していないものの、この疾患にかかりやすい犬種について注意して検診を行う段階です。日本では、キャバリアのほか、チワワ、トイプードル、シーズー、マルチーズ、ポメラニアンなどの小型犬が好発犬種とされているため、注意が必要です。
- ステージBは、さらにB1とB2の2段階に分かれています。
- ステージB1は、MRが存在するものの、心拡大が顕著ではない状態です。この段階では、通常、治療は必要ありません。
- ステージB2では、MRが進行して心拡大が確認された場合に診断されます。この段階では、ピモベンダンの投薬が開始されることが多く、その他にもACE阻害薬などの血管拡張薬が処方されることがあります。この時点では無症状のことも多いですが、飼い主様が咳が増えたと感じる場合がよくあります。
- ステージCでは、左心房が拡大し、肺に水がたまる肺水腫が発生します。この状態をうっ血性心不全といい、さらに心嚢水、胸水、腹水などが溜まることもあります。このような状況になると、呼吸困難により死亡リスクが高まります。フロセミドをはじめとしたループ利尿薬の投与が始まります。症状としては、運動不耐性、呼吸が荒くなることや呼吸困難になることなどが挙げられます。
- ステージDは、ステージCの治療(強心剤や利尿剤の投与)ではコントロールが困難な状態です。ステージDでは、腎臓の数値(BUNやCre)が上昇し、利尿剤を増やすことも減らすことも難しい状況に陥ります。この段階では、酸素室をレンタルすることもあります。
小型犬は、気管虚脱や気管支軟化症などの呼吸器系の病気を持っていることもあり、咳の原因が呼吸器系由来か、心臓性かを判断するのが難しいこともあります。また、心臓が大きくなりすぎると気管を圧迫して咳が増えることもあります。
MRは、8〜13歳といった中高齢で確認されることが多いですが、若い患者でも5歳くらいで肺水腫になることがあります。年齢にとらわれず、動物病院で雑音があると言われたら、心臓のエコー検査を実施することをお勧めします。ステージB1になると、通常は雑音が聞こえてきます。
最初に動物病院で獣医師が聴診して気づくことが多いです(ステージB1およびB2)。心雑音が確認されたら、以下の検査で確定診断を行います。
- 心エコー図検査: 僧帽弁の逆流の重症度が最もよくわかる検査です。心臓の拡大の程度(LA/Ao, LVIDD)や左心房圧の推定(E波)、僧帽弁逆流(MR)や肺高血圧症の診断に必要な**三尖弁逆流(TR)**を確認できます。
- 胸部レントゲン検査: レントゲンでは心拡大の程度(VLAS, VHS)を評価し、肺の状態を確認します。肺が白くなっていれば肺水腫という診断になります。主に気管や肺の評価に有用です。
- 血圧: 血圧測定では、主に低血圧の有無を確認します。通常、高血圧を合併する患者は少なく、重度の心不全では低血圧を示すことがあります。
- 心電図検査: 心電図検査はMRの単独診断には用いられませんが、心房細動などの不整脈の合併がある場合には重要な情報源となります。
- 心臓バイオマーカー検査: 血液検査で、BNPやトロポニンといった心臓バイオマーカーが測定可能です。重症度が上がるとこれらの値も上昇します。通常は毎回測定するわけではなく、獣医師が必要と判断した時に実施されます。
内科治療
MRの内科治療は、逆流による左心不全の緩和が主な目標です。根治を目指すのではなく、進行を遅らせて少しでも快適に過ごせるようにします。
- ACE阻害薬(エナラプリル、ベナゼプリル): レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系(RAAS)を抑制し、血管拡張薬として心臓への負担を軽減します。また、RAAS抑制によって心臓の線維化を抑える効果があります。現在、ステージB2での治療には少なくなっていますが、副作用が少なく使いやすい薬です。ただし、腎不全がある場合はカリウムに影響を与えるため注意が必要です。
- ピモベンダン: 心臓の収縮力を増加させ、血管拡張作用も併せ持つ薬剤で、ステージB2から使用されます。近年ではACE阻害薬よりもピモベンダンが処方されることが増え、第一選択薬となっています。肺水腫になるまでの期間を延長し、予後を改善する効果が期待されています。副作用は少ないですが、食欲不振などが見られることがあります。
- ループ利尿薬(フロセミド、トラセミド): 体内の余分な水分を排出する薬剤で、フロセミドは肺水腫の管理に使用されます。ステージCで肺水腫が発症した際に処方されることが多いですが、ステージB2でも肺水腫の予防のために使用されることがあります。フロセミドでのコントロールが難しい場合は、トラセミドに切り替えることもあります。
- その他の利尿薬: スピロノラクトンは抗アルドステロン薬で、カリウム保持性の利尿薬として、ステージCの患者に対し他の利尿薬と併用されることが多いです。また、チアジド系利尿薬も、他の利尿薬でコントロールが困難な場合に追加処方されます。
- ジゴキシン: 強心剤として使われるほか、心房細動に対する抗不整脈作用を期待して使用されることが多い薬です。
- その他のMRに使用する薬剤: カンデサルタンなどのアンギオテンシン受容体拮抗薬や、アムロジピンなどのカルシウム拮抗薬も使用されることがあります。肺高血圧症を合併している場合は、シルデナフィルを使用することもあります。
明らかなMRがある場合は、水泳やドッグランなどで走り続けるような過度の負荷は避ける必要があります。一方、通常の散歩に関してはステージB1では特に制限は設けていません。ステージB2においても、お薬で病状が安定している場合は散歩は自由に行ってよいとしています。ステージCでも肺水腫の管理がうまくいき、病状が安定している場合には、散歩を継続しています。おおよそですが、肺水腫を起こしてから約3カ月間は散歩を制限する必要があると考えています。その後、内服治療によって安定すれば、散歩の量を少しずつ増やしていっても問題ないと伝えています。心臓が悪いと運動が不安になるかもしれませんが、運動不足になると筋肉量が減り、より虚弱になる恐れがありますので、適度な運動を維持することが重要です。
ステージBでは、多くの患者に対して心臓用処方食を与える必要はありません。しかし、ステージCやステージDでは、食欲がある限り心臓処方食を食べてもらっています。ただし、好みの問題から、心臓処方食に切り替えると食事量が減ってしまうことがあります。そのような場合は、好きなものを食べさせて、一日の摂取カロリーを満たすようにしています。心不全治療を行っていると、気がつかないうちに体重が減少することがあるので、定期的に体重を確認し、注意が必要です。
ステージCおよびDになると、肺水腫の管理が非常に難しく、肺高血圧も合併することがあり、薬を飲んでいるけど呼吸困難が続くことがあります。病院に行けば集中治療室ICUといって酸素濃度を上げ、呼吸を楽にすることができますが、常に入院するわけにはいきません。通常、大気中の酸素濃度は約21%ですが、レンタル酸素室では酸素濃度を30%から最大40%近くまで上げることが可能です。内科治療で著しい改善が見込めない場合、レンタル酸素室を使用することで在宅管理が可能になります。特に、夜間の呼吸状態が心配な場合に、酸素室を使用することで飼い主様の不安を和らげる効果も期待できます。
酸素室の導入を検討する際は、獣医師と相談し、症状に応じて最適な管理方法を決定することが重要です。
僧帽弁が損傷している場合、内科治療での修復は不可能です。そのため、人医療では外科治療が推奨されており、近年、犬のMRに対しても手術の成績が安定してきています。条件を満たした患者には手術が勧められる場合があります。詳しくは当HPの【僧帽弁閉鎖不全症の手術】で説明しています。
心拍数が低下して失神やふらつきを起こす疾患です。よく、脳神経の疾患と間違われることがあります。診断は心電図検査、ホルター心電図を実施して行います。通常は人と同様にペースメーカー治療を実施します。
心臓腫瘍には心基底部腫瘍と呼ばれる心臓の頭のほうにできるものと、心臓そのものにできるものがあります。心基底部腫瘍は一般的にケモデクトーマと呼ばれる腫瘍が多く、この場合心膜切開を実施することが多いです。心臓の右心耳にできるものとしては血管肉腫が多く、腫瘍の浸潤の程度によっては手術で取れることもあります。